蒼夏の螺旋
   オータム・エマージェンシー
 


先週の半ばから降り続いていた冷たい雨は、
そのまま秋を深めたらしく。
割りと穏やかな秋だったところへ、
いきなり木枯らしが吹いたりしたせいか、
周囲でもクシャミをしたり咳をしている者が急に増えた。
風邪ひとつ引かないという言いようがあるけれど、
今日びはその風邪だって結構手ごわいので、
日頃の用心が肝心で。
とはいえ、頑丈さと馬鹿がつくほど面白みのない性分とが由縁して、
ここ数年は…いや待てよ、
いつぞやは熱出してルフィにへそ曲げさせたことがあったような?
あれって いつのことだったっけかな?





     ◇◇◇



都心にある会社を定時に出るのはいつものこと。
残業は出来るだけせず、
取引先との打ち合わせや会合は、
出来れば相手の会社を訪れるかランチを取りつつのそれに仕向ける。
最近はどこでも残業を厭うので、
その方針に乗ってるまでだと苦笑を見せれば大概は納得してくれるし、
こちらがさほどの重鎮クラスな年齢ではないからか、
そんな言いようにも無理はなく受け取ってもらえるようで。
いっそ助かりますなんて言われることもあるくらい。
リサーチ結果など数値的な資料の刷り合わせや何やは、
営業や渉外担当の外回り社員からのメール報告を逐一チェックし、
最新の情報を自分の中でも更新し続けることで、
手短に、しかも根拠つきのきっちりとこなせているので。
統合担当の上司への報告も、揺るぎなく対応出来ており。
とはいえ、

 “そろそろ年末進行のあれこれが、どれもこれも実施に入る段階だな。”

クリスマスや年末、新年、
それとウィンターシーズンを通しての企画の数々。
祭事にちなんだイベントを含む販売促進ものやら、
今シーズンはこれをどうぞ…という、
異業種協賛、やはり販売促進のコラボ・キャンペーンやらで。
ここまで押し迫ると準備の方も万端であり、
後は調達発注した資材の到着を待って管理担当へ任せたり、
リサーチを兼ねたプレ・キャンペーンの進行ぶりを刷り合わせたりという、
水面下のお仕事を一気に統括して、
最終作業に移るのみという段階へいよいよ入るだけ。
そして、そうやって動き出すと、
これが結構…アクシデントとまではいかないが思いがけないハプニングに遭い、
足並みを乱されることが必至となるがため、
臨機応変を利かせての対処が要りようとなり、
その結果、日頃は避けている残業も増えるだろうし、
休日出勤は常からだけれど、そこへと輪をかけての緊急呼び出しも増える。
自分への負担は一向に構わないロロノア氏だったが、
そんな自分の身が拘束されてしまうと、
独りになってしまう存在がいるのが大問題で。

 “ルフィは元から聞き分けがいいけれど…。”

だが、そもそもはやんちゃで甘えたな少年だったのだ。
しかも…自惚れてちゃあいけないが、
離れ離れとなってた間もずっと、
この自分へと逢いたい逢いたいと思ってたと言っていた。
それを思えば、
かなりがところは我慢をしてもいることが偲ばれて。

  なので。

仕事も頑張るがルフィへの心くばりも出来れば忘れぬようにせねばと、
ここまで男臭いジャパニーズビジネスマンにはそぐわぬほどの、
ともすりゃ甘甘ラブラブな方向での決意も新たに、
乗換駅にて快速から降り立つと、
ホームの人並みの中、急ぎ足になりつつ携帯を取り出して頬へとあてる。
毎度お馴染みの“帰るコール”も、
ここまで続けばコールだけで十分伝わるものだろに、
相手の声を聞かなくちゃと、出るまで鳴らすのがお約束。
固定電話が相手じゃあないので、
さして待たされることもないのだし、
待ったとしたらば、
持ち主に何かあったということへの、それ以上はないサイン。
それでという理屈からのいつものこと、
軽快な足取りは保ったまま、
暮れなずむ空がビルの屋上の輪郭で囲い込まれた中に覗いているの、
何ということもなく見上げたゾロだったのだが。


  「………あ、ルフィか?
   え? なんだって? ……はぁあ?」





そろそろ暮れなずむ時間帯も早まって来たが、
それでもこんな時間帯は、
せいぜい塾に通う小学生が駅へと向かう姿か、
逆に帰宅部らしき中高校生が帰って来るものが行き交うのが主。
少々壮年の坂を上りかかっている年頃のお父さんが、
一家団欒目指してゆったりと歩む姿は見受けられても、
三十そこそこだろう年頃の、仕事し盛りの遊び盛りが、
それも短距離走を思わす全力疾走で駆けてく姿。
郊外手前の住宅街中心という小さなベッドタウンの町なかで、
それも6時のアニメの時間帯に、そうは見られない代物だろう。

 「え?」
 「あららぁ?」
 「何なに?」

同じ舗道を行き交う人々や、
道路沿いのマンションの窓辺にたまさか居合わせた人々からの、
ギョッとしての注目を浴びてしまうのも当然で。
息を切らしているとか、体のバランスが目茶苦茶だとかいう方向では、
さして見苦しくないところ、
さすが学生時代にこれでもかと鍛えておいだった蓄積の賜物であり。
むしろ…アクションドラマの1シーンもかくやという、
ダイナミックなまでの躍動感を、
その精悍な肢体が引き立てているお陰様、
颯爽として見えてカッコいいくらい。
とはいえ、時間帯といいシチュエーションといい、
思い切り“場違い”には違いなく。

 「あれって、いつも通るあの人よねぇ?」
 「ええ。でも…あんな慌ててるところなんて初めて見たわ。」
 「何かあったのかしら。」
 「奥さんが産気づいたとか?」
 「え? 結婚してなさるの?」
 「だって、あの慌てふためきようは、他にないでしょうよ。」
 「でもだったら、病院に行かない?」
 「気が動転してるのよ。
  家についてから気がついて、そこからタクシー飛ばすって順番。」
 「やだ、それって奥さんところのご亭主じゃない。」
 「あはは、バレたかvv」

傍から言うだけな分には気楽なものだが、
当事者はそうもいかない。
そして、そんな無責任なご指摘が……
微妙に当たらずしも遠からじなのが、この際は恐ろしい。

 『あんな、ゾロ。大急ぎで帰って来い。』
 『え?』
 『何をおいても一目散に帰って来い。』
 『なんだって?』
 『いいから。すっ飛んで帰って来い。いいなっ?!』
 『……はぁあ?』

それだけ言ってとっとと切れた。
本人には間違いなかったけれど、
妙に単調な声だったのは、怒ってでもいたものか。
それとも具合でも悪かったのかな。
腹が痛いとか熱が出たとか。
じっとしてりゃあいいとしといて、でも結局治まらなくて。
それで、急いで帰って来てという応対だったのかもしれない。
泣き言なんて滅多に言わないルフィ。
こっちの心配して泣きそうになることはあっても、
自分のことではつらさや痛さ、食いしばってでもこらえる強情っ張りで。
ああでも、一度だけ そりゃあ辛そうに項垂れてたことがあったな。
指輪を失くしたって騒ぎのときだったよな。
出歩いた先をあちこち探し回って、それでも出て来ないって。
疲れよりも つらさでもって、
胸の深くをずたずたにされたような顔をして、
せっかくくれたのに ごめんと言って泣きそうになってた。
あんな顔は二度とは見たくないから、
あんな想いは二度とさせたくはないから。
心細いならすぐ傍に行ってやらねば、
何物からも守ってやらねばと、
頭の中はただただそれだけ。
追い抜いたりすれ違ったりする他所の方々へ、
ぶつからないのは単なる反射だ。
その意識は まるっと全部、
行き先で待つ愛しい人のところへ目がけ、
一足先に飛んでっているようなもの。

  ―― 革靴でよくもまあそれだけ軽快に、
      ビジネススーツで何ともまあ颯爽と、
      そのお年頃でよくもまあその瞬発力を…と。

行き交う人々の全てが、驚嘆しもって見送る偉丈夫が、
加速のかけ過ぎで通り過ぎかけ、
微妙な大外回りから切れ込んでの飛び込んだのは、
道路沿いの小さなマンションであり。
エントランスへどうやって入ったのかは記憶にないが、
すれ違った人影があったような気がしたので、
たまたま自動ドアが開いた瞬間だったのかも。
だが、そこで鍵を出すだけの間合いが挟まったなら、
もちっと冷静になれたかも知れない。
何でこんなに上の階なんだと、階段をもどかしげに駆け上がり、
やっと辿り着いた目的の階。
廊下へ出るとそこはしんと静まり返っており、
気の逸りは相変わらずだったけれど、
ふと、見慣れた風景に足が止まる。
何事もなかったかのような変化のなさ。
それがむしろ異常な静かさに見えてしようがない。
まさかまさか電話の後に倒れたんじゃあなかろうなとか、
あれで力尽きてしまっての、苦しがっているんじゃなかろうか。
あああ、今日びのマンションは遮蔽性ばっか高いから、
すぐのお隣りさんでも気がつかねぇよこれじゃあと、
今頃そんな文句が出る始末だったりし、これは相当な混乱ぶりだろうとも言えて。

 「……。」

そんなやくたいもないことばかりが今更頭に浮かぶのは、
実は確かめるのが怖いからなのかも知れない。
いち早くと思うのと同じほど、大変なことにかちあうのが恐ろしい。
大切なルフィがあの小さな体で必至に苦しいのを耐えているとか、
それなら急がねばならないが、もしかして…びょういんへはこばれてったあとだとか、
もぬけのからのへやをみるのがこわい。だれもいない、るふぃもいない、そんなくうかんへとふみこむのはこんりんざいかんべんだと……
そんな気後れが唐突に浮かんで、だが、

 “そんな場合じゃないだろう。”

ぶんぶんとかぶりを振り、
あらためて…ポケットから掴み出してたキーケースを持ち上げる。
そういえば自分で開けるのも久し振りだ。
一応はチャイムを鳴らしてみようか?
だが、出て来られないのなら?
思うより早くにドアの前へと着いており、
ノブに手を延べかかったその時だ。


  ――― ぱぱーーーんっっ!


パッと明るくなったのと同時、軽快な炸裂音がして、
目の前へ何かがまぶされる。
それらがカラフルなものだったのに気づいて、それから…


 「おたんじょーび おめでとーっ、ゾロっ!」


三角のクラッカーを4つほど、まとめて握って。
それでも顔は狙わずの頭上へ向けてと、打ち鳴らしてくれたその人こそは、

 「…………………るふぃ?」
 「おうっ。びっくりしたか?」
 「び………。」
 「? んん?」

びっくりしたさ、と応じた声も、相手へちゃんと届いたかどうか。
その場へへなへなと座り込んでしまった長身のご亭主であり、

 「ぞろ? どした?」

やっぱ、いきなりクラッカーはヤバかったかな?
心臓に来たんか? なあ?
裸足のまんまで土間まで降りて来て、
こっちのお顔、頬へと手を伸ばして来る、いつもと変わらぬ無邪気な奥方。
あああ、相変わらず、いつまでたってもサプライズをくれる君だと、
やっとのことで苦笑出来るまでにと回復した、
奥方にだけは敵わない屈強な旦那様。
お茶目には大概我慢もするが、これだけは言いたくてか、
こちらを覗き込んで来た愛らしいお顔へと告げておく。


  「気持ちは嬉しいが、ルフィ。俺の誕生日は、明日だ明日。」
  「え? あれれぇ?」



 HAPPY BIRTHDAY! TO ZORO!




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.11.10.


  *ちなみに、
   最後に熱を出したのは、去年のお誕生日のことですよ?
   こんの幸せもんがvv
(笑)

   冗談はさておいて。
   本誌の方では、何もこんなときにと思うタイミングでゾロが不在なのだそうで。
   ただでさえ迷子の帝王なのに、戻って来られるのでしょうか?
   ルフィレーダーがあるから大丈夫かな?
   そんなこんなも含めての、
   フライングはぴばすでい噺で開幕の、剣豪BD企画でございますが、
   あああ、今年こそ何か危ない気がするです。
   ちゃんと品数そろえられるのかなぁ。
(う〜んう〜ん)
   これからの一カ月、どうかよろしくお願い致します。


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